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その先へ

インターネットの書き込みなどを見ていると、
非被災者が震災にショックを受けて
「普段通りの生活をおくることに罪悪感を感じる」
という方がたくさんいらっしゃるようですね。

そして自分は被災者に対して何もできない無力感と落胆、
その他もろもろの感情が心身を支配してしまって
不調を訴えるケースもあるみたいです。

今回はものすごくKYな(ってまだ使うのかな?w)ことを書きます。
この時期に「なになに動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたニュース」
くらいのKYさです(笑)。
いやいや、KYはKYでも「空気が読めない」のではなく
「あえて空気を読まない」、つまりAKYなことを書こうと思います。

さて、多くの方に少なからぬ影響があった今回の大震災。
自分のことに落とし込んでみると、
・私は当日アメリカにいて付き添いの先生からの説明で知った。
・帰国すると計画停電で生活上不便を感じる。
・ガソリンが手に入らずあたふたする。
(※出勤に往復80kmかかります)
・計画停電で仕事できない、と思ったら停電やったりやらなかったりで若干戸惑う。
・TVのCMがACばっかりで気が萎える。

このくらいでしょうか。
つまり少しの影響しかないのです。
「あぁ不便だ」と感じるくらいです。
今までの便利さに感謝する良いチャンスです。

そこで冒頭の、罪悪感や無力感にさいなまれる方々のことを
考えると、「なるほど、そういう考えもあるのだな」と
思ってしまうのです。

どういうことかというと、
「自分には何かできるはずだ」
という無意識の前提があり、その上で
「だから何かやらなくちゃいけないはずだ」
という義務感、というか善意が生じている、ということです。

しかしながら一人ひとりができることには限度がある。

大金を稼いでいる人であれば、4億円でも5億円でも
寄付できる余裕があるわけですが、そんなたくさん稼いでいる人は
日本、いや世界ではほんのひとつまみ。

一般的な生活を送っていれば、人から尊敬を受けるような
支援はなかなかできないものです。
自分だけが納得できるようなことをするのだって、
突き詰めれば難しい。

そういう自分を責める。

そして罪悪感や無力感が頭をもたげる…のではないでしょうか?

さらに映像の衝撃度が高い。
荒廃した街の映像は気分を落ち込ませるのに十分です。
まさにこの世の終わりを彷彿とさせるもの…
現実は小説より奇なり、とはよくいったものです。

私がTVやインターネットなどを見ていて気になるのが、
「頑張れ!」という言葉。

被災者はもう最大限頑張ってるでしょ!と思うわけです。
被災していない人だって、十分頑張ってますよね。
限界を超えろ!という意図かな?

また、「ひとつになろう!ニッポン」は曖昧すぎてよくわからない。
こういった曖昧表現をNLPでは「ミルトンモデル」といいます。
解釈を受け手に委ねる表現方法ですが、もうちょっと
なかったのかな…と。

例えば、「復興後はどうなってるかな?!ニッポン!」とか。
必ず復興する、というのを無意識の前提に入れ込み
その上で未来を考える。

というか、強くなれ!とか、頑張れ!などは
「今の状況はものすごくキツいんです」というニュアンスが
入りこみすぎているような気が私にはするのです。
実際は私などが想像するよりもずっとキツいのでしょうが…
ただ、キツい、ということを意識すればするほど、
脳はそのことをフォーカスしていきます。

乗り越えろ!打ち勝つんだ!
私はそういう言葉が好きでした。
でも今はそんなでもない。

というのは、困難の先を想像してみることが
困難を乗り越えるのに重要だということに
気づいてしまったのです。

乗り越えること、打ち勝つこと自体に意味があるのではない
かもしれません。

その先に何があるのか…私はそれにとても関心があります。

ものすごくKY、じゃなかった、AKYなことを言ってしまうと
「大震災で何を学び、今後どのように行動するか」が
とても気になります。

これはNLPの創始者のひとり、リチャード・バンドラー博士が
アメリカのセミナーで言っていたことです。
「世の中がもっとよくなるために、天災は起こるのだ」

私はこれを聞いたときに若干ムッとしました。
「当事者じゃない人間が何を言うか!」と。
「我らの同胞が大変な目に会っているんだぞ!!」と。
自分も当事者ではないのだけれども。

しかしながら、この言葉を「祈り」と解釈すると
とても良い言葉なんじゃないかと思います。

この震災を機に、日本は多くのことを学ぶでしょう。
またそこに住む人々も。
そうあってほしいし、そうありたいと思います。

そして復興したあかつきにはどんな国になっているのか、
AKYなことを言うと、それが「楽しみ」です。

たとえ復興したとしても犠牲になった方は戻りません。
そういった方々の屍を越えて、
よりよい人が住む、よりよい国になっていけば
素晴らしいことだな、と私は思うのです。

復興までは「できる」ことや「できないこと」を
考えるより、それぞれの現場で活躍し続けることが
何よりも大切なのかもしれないな、とも思います。

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