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れぞんでーとる

懐かしい友人に会うと
「なんで整体師になったの?」
と聞かれることがしばしばあります。

「なんで」かを正確に伝えようとすると
非常に長くなってしまう、というか大変面倒臭いので
「この仕事が私を選んだのさ」と答えることにしています。

整体師やら治療師というのは世間では
もの珍しい職業らしく、「なぜなったのか」という
理由と原因を探ろうとされることが多く、
「これで私は整体師を志した!」的な、
壮大なドラマを期待されることが多いのです。

私が整体やら様々なセラピーをやっているのは、
まあ、たいした理由ではないです、たぶん(笑)。

それにしても、「なんで・なぜ・どうして」というのは
不思議な言葉です。

子供が悪ふざけをしていると母親が
「なんでそういうことするの!?」と聞きますし、
彼氏がデートに遅刻すると彼女は
「なんで遅刻したの!?」と言います。

これらの「なんで」は何かの解決に役立てようとする
ために発せられる言葉ではなく、相手を責めるために
用いられる言葉のように感じます。

子供が悪ふざけをするのは楽しいからでしょうし、
彼氏が遅刻した理由を述べてもたいてい彼女の怒りは
おさまりません。「私が一番じゃないの?!」と。

そして重要なことは、「なんで」を発する本人こそが
「なんで」なのかを本当に知りたがっているケースは
少ないということです。

「なんで」かを追求し、それを突き止めたときに
その問題が解決することは、意外と少ないのではないでしょうか。

しかしながら一方で、「なんで」かが分かっているものに
対しては、人は警戒心を解き、その結果に納得します。

例えば覚醒剤を使った芸能人が不幸な生い立ちを持っていたり、
ひねくれた人物のお兄さんがとても優秀な人だったり、
海が青いのは空の青さを映しているからであったり。

そして、私たちは自分自身が不甲斐ないと思ったとき、
例えば「人に合わせられない」とか
「人ごみが苦手」とか
「いつもイライラしてしまう」とか
「ときどき相手を責める口調になってしまう」とか、
そういう状態のときに、なにかしらの理由を得たいと思いがちです。

「~が…だ(だった)から」と。

頭の中でストーリーを作り出すのです。
その結果につじつまが合うように。

逆を言えば、不甲斐なければ、その人が作り出すストーリーの
つじつまが合わなくなるのです。
つじつまを合わせるために「不甲斐ない」という状況を
作り出している、とも言えなくもありません。

ヒプノセラピー(催眠療法)をセッションしていると、
そんなことをよく思います。

つまり、私が整体師なのは、整体師でないと
私のストーリーのつじつまが合わないから整体師なのです。

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